1週間ぶりの更新です。
毎夜のごとく、会議や懇親会があって、なかなか更新できませんでした。
さて、6月5日(金)。
長池小学校6年生の総合学習『田邊の町歩き』は無事に終了しました。
曇天で、かなりの確率で雨が心配されましたが、歩いている間は降らず、最後のグループが小学校に到着してから雨が降り始めました。
今年は去年と若干コースを変更しました。
小学校の正門をスタートし、昔お馬道と言われていた道を東進します。
このお馬道は、その昔、住吉大社の神馬を田邊村で飼育していたとき、毎日、この道を馬を引いて歩いていた道です。
ほどなく山阪神社に到着。
ここでは、九重部屋の土俵を窓から見学し、この山阪神社には相撲の神様が祀られていることを説明しました。
神社を出て、商店街に向かう途中、昭和11年建築の日高絵画教室のモダンな建物を外から見学。
続いて、南田辺商店街を北進しますが、ここは昔、高野山への参拝道のひとつであった下高野街道でした。
下高野街道沿いには、住吉大社の神馬を飼育していた馬小屋がありました。
今ではその面影は何も残っていませんが、場所だけは特定できているので、それを説明。
昭和20年7月26日、田邊に投下された模擬原爆のことを説明した碑を見学し、当時の状況や爆心地の写真を子どもたちに見せました。
銘菓田邊大根を販売している松屋さんを訪問し、商品づくりの苦労話などをお聞きして、少しずつ味見をさせていただきました。
うどんや風一夜薬の前では、なぜ薬屋さんなのに「うどんや」なのかの説明。
隣の神馬塚では、田辺村で飼育されていた住吉大社の神馬のお墓であるとともに、昔のエピソードを紹介。
日本で最初に作られた官道のひとつである難波大道を南下。
昔は幅17mもあったのに、なぜ今は3mくらいしかないのか?
謎についても説明しました。
田辺大根の発祥の地である法楽寺。
ここの西門あたりで栽培されていた大根は、横門大根のブランドで、昔はたいへん人気がありました。
田辺大根発祥の地と記された碑の前で、学芸員さんとご住職に大根とお寺のことをお聞きしました。
南田辺村の細い道を日高正法さんという彫刻家の方の家の前を通り、その日高さんの作品である「平和の塔」が高島屋前にあることを説明。
にんやか通りの名前の由来は、田辺村の昔の方言で、賑やかなことを「にんやか」と言いました。
西村診療所の「やまももサービス」では、昭和の初めに建築された長屋の室内を見学させていただきました。
ゆっくり説明しながら歩いて1時間40分のコースです。
当日は、6年生の2クラスを4グループに分けて、時間差出発で歩きました。
それぞれの訪問先では、丁寧にご説明をいただき、お土産まで用意してくださったり、道路の安全確保のために先導までしていただいたところもありました。
この町歩きのねらいは、自分たちが旧田邊村に住んでいることを教え、田邊大根を栽培し、詳しく調べることの意義を自覚させることにあります。
そして、そのことが町を愛する気持ちにつながり、落ち着いて学ぶことができる環境を作り伝えることにつながると思います。
訪問先の皆様にはたいへんご迷惑をおかけしていますが、学校の事情が許すのならば、できれば来年も続けさせていただきたいと思います。
大人向けのツアーなども、いつか実現したいなあ、と考えたりもしています。
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