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田辺の町歩きと、街の歴史を知ることの大切さ。

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友人の建築士たちさんが東住吉区の田辺エリアで建物再生の相談を受けておられるようです。電話で、田辺についていろいろと聞いてこられたので、それならば、街を歩きながらご案内させていただきますよと、急きょ決まった「田辺の町歩き」。基本的に今は本来の仕事に集中するため、視察や取材はすべてお断りさせていただていますが、「はずみ」でやってしまいました(笑)

東住吉区田辺エリアの町歩きは毎年、大阪市立長池小学校の6年生を対象にもう9年続けています。しかし、大人をご案内したことは今まで一度も無く、参加された方はとてもラッキーだったと思います(恩を売っておきます笑)。通常は、西田辺を出発して、おもに旧南田辺村周辺を巡って歩きますが、今回は大人でしかも少人数だったので、旧の北田辺村まで足を伸ばしてきました。

旧田辺村の歴史は深く、コース上には古墳時代、飛鳥時代、平安時代などの史跡が点在しています。山坂遺跡群の中にあり前方後円墳ではないかとの説もある山坂神社。日本で最初の官道(国道)と言われている難波大道。平安時代末期の建立された法楽寺。そして極めつけは、日本書紀に記載されている神功皇后の三韓征伐にまつわる神馬のお話など、それはもう神話の世界ではないのか…という古い古い歴史が現代まで受け継がれています。そうそう、新しいところでは1945年の終戦直前に、模擬原爆がこの田辺の地に投下されたという史実もあります。

どこの街にも長短の差はあれども必ず歴史があります。建物の再生を行うとき、それが単なる個別建物の再生のみで、街やエリアとの関係性をあまり考えなくても良いリフォームやリノベーションの場合は、その街の歴史まで学ぶ必要はないと思います。しかし、その再生事業が街に影響を与えたり、もしくは逆に街との関係を重視しながら発展していく事業性を有する取り組みの場合は、必ずその街の歴史を知らなければならないというのが私の持論です。

古い街で古い建物の再生をする場合、長い歴史軸を参考にしながらプランを考えるのが良いのではないでしょうか。過去と現在と、そして未来。その街がどのような変化し、これからも変化していくのか…。それを読み取るためには過去を学ぶことがスタート思っています。ちょっと難しく考えすぎかな…と思わないことをありませんが、これが私の流儀。だから、今はちょっとこの阿倍野区・住吉区・東住吉区界隈以外のエリアで、普通の仲介だけにとどまらず、街との関係性を考慮するお仕事は無理かなあと思っています。体はひとつしかありませんからね。

先日、田辺の街を歩いた建築士さんたちはきっとそんな私の気持ちや考え方を理解してくださったと思います(こちらの一方的な願いやけど笑)。田辺エリアは昭和町・西田辺に続いて、私が取り組みたいと思っているエリアです。街に一石を投じる素晴らしい取り組みを実現されることを願っています。

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