まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その12) よってこサロン

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その12)

桃ヶ池長屋の西隣に位置する昭和4年建築の長屋です。建築当時の面影は一切無くなってしましまいましたが、平成の時代にふさわしい新しい機能を備えた建物に生まれ変わりました。


“まちづくりは良き商いを育てること”をモットーに仕事に励んでいますが、それはいわゆる商売に限定していません。地域に質の高いサービスを提供し、雇用を創出するものすべてが商いと思っています。


この長屋は地域のNPO法人「エフ・エー」によって、多機能型のデイサービスにコンバージョンされました。富山型デイサービスという多機能型デイサービスがあります。高齢者・障がい者・障がい児が同一施設内でサービスを受ける施設です。


ここ「よってこサロン」は1階がデイサービスと地域の方が一杯100円のコーヒーで一日を過ごすことができるカフェになっています。また、2階は大きなホールに改造され、様々な催しや放課後の児童の寺子屋的な使われ方をしています。


コンバージョンするにあたり、担当の建築士さんは相当な苦労をされていました。桃ヶ池長屋とは方向性はかなり異なりますが「むすびの市」にも参加していただき、まちの活性化にも貢献してくれています。

(2011年契約・阿倍野区桃ヶ池町2丁目)

まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その11) 桃ヶ池長屋

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その11)

2005年に新しいテナントを迎えて再出発した阿倍野区桃ヶ池町の長屋ですが、その後、四戸のうちの一戸のみ借主が変わったり、業態が変更するなどの紆余曲折がありました。

転機が訪れたのは2010年。当時のブログ読者の女性から、アンティークの着物を販売する店ができる長屋が無いか?との問い合わせがありました。紆余曲折のあった長屋が空いている状態だったので、ご紹介すると即決。最終的に、転職を考えているお兄さんと共同で店をすることになり、現在のカフェ&バーの「りんどうの花」がオープンしました。その後、すぐ隣の長屋も空いたため、陶器の販売をしたいという女性と契約。今は「カタルテ」というお店になっています。

この頃から、家主さんも新しい感覚のお店を誘致し、建物の外観を整えてエリアの価値を高めることの重要さに気がつかれたようで、積極的に外観の改修に乗り出し始めました。その結果が、写真のとおりです。

何十年と動きの無かった長屋が次々と空き、2011年に動物性タンパク質を使わない料理を提供する「はこべら」が。そして2012年には四戸の長屋の最後を飾るお店、オーダーメイドの洋服を作る「coromo」がオープンし、現在では桃ヶ池長屋と呼ばれるようになりました。

今では、ここのテナントが中心になって毎年、春と秋の年二回「むすびの市」が開催され、たくさんのお客様が来場されます。かつての街道筋で、戦後しばらくまではとても賑やかだったこの通りですが、今はすっかり寂れてしまっています。良質な長屋が残るこの通りに新しい価値を植え付け、地域の活性化につながるよう、テナントさん共々、努力を続けているところです。
(2010~2012年契約・阿倍野区桃ヶ池町2丁目)

まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その10)  DIY賃貸

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その10)

この頃からブログやtwitterだけで物件のマッチングができるようになってきました。親の住んでいた家が空いたのでお金をかけずに貸したいというご依頼と、自分たちで自由に改装できる家を安く借りたいというニーズがぴったりと合った事例です。

「僕たちボンビーなので」。入居者が内覧したした時に発した言葉が今でも忘れられません。私が「ボンビー」なる言葉に最初に出会った瞬間でした(笑)。これから結婚をする美男美女のカップル。貧乏という言葉がまったく似合わない超素敵カップルでしたが、節約志向は相当なもので、私のようなバブル期に結婚した者との結婚観の違いに驚かされたものです。

入居された方は、家具職人と言っても良いほどの腕をもつ方で、ご自分の経営するお店の内装もほぼセルフで仕上げるほど。幸いなことに、家主さんも器用な方で、いわゆる一般的なDIY的なことはなんでもできる方でした。

契約前に、入居者のセルフ工事をサポートする工務店さんにも加わっていただき、家主さんと私を交えて、何度も何度も現地で打ち合わせをしました。一定の信頼関係が構築できたかと判断できた段階で契約。浴室の床が抜けるという驚きのアクシデントもありましたが、家主さんと入居者が協力して修理をするということもありました。

入居者にお子さんが産まれ、生活スタイルの変更や様々な事情のため、数年で転宅を余儀なくされました。せっかく作り上げた素敵な内装の家は今、空き家となっています。2階は外国製の大きなアンティークのドアが印象的なシンプルな空間です。今から4年前。DIY賃貸の先駆けでした。(2010年契約・阿倍野区阪南町1丁目

まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その9)  昭和町おうちカフェきっちん

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その9)

地下鉄御堂筋線昭和町駅から徒歩5分。地元で庚申街道と呼ばれている生活幹線道路に面した長屋です。窓も閉まったままだし、看板もあがっていませんが、ここは昭和町で唯一フレンチを食べることができるお店です。

この建物の周辺、約300坪を所有する地主さんから相談いただいた案件。300坪の内、この場所だけ借地権の返納を受け、地主さんが活用できる土地となりました。しかし、300坪の内の20坪足らず。いろいろな人に相談しても、とりあえず駐車場にしておいたら?みたいな話ばかりで、困り果てた上でのご相談でした。

さっそく内覧したところ、荷物がいっぱい残っている上に、床がボロボロで、どこに足を置いたら安全なのかがわからないくらい、室内は朽ち果てていました。それでも、必ずここは再生できる!と妙な自信があった記憶があります。

現地に看板を掲示していたところ、現在のお客様の目にとまり、お話を進めさせていただくことになりました。しかし、廃屋同然の状態からお店を作るには多額の費用がかかります。そこで、当社が家主さんとの間でコーディネートを行い、家主さんが負担しなければならない工事と、入居者が負担しなければならない工事を明確に区分。工務店に図面とそれぞれの見積書を作成してもらい、賃貸借契約書に添付して契約を行いました。

それでも若干、家主さんと入居者の間でバランスを欠く内容だったので、短期間の定期借家契約と家賃の減額を組み入れて、両者のバランスをとりました。「昭和町おうちカフェきっちん」。小さなお店なので、グループで貸し切りにするのに最適なお店です。(2009年契約・阿倍野区阪南町2丁目)


まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その8)  コーポラティブ住宅

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その8)

地下鉄御堂筋線西田辺駅徒歩2分。木造瓦葺2階建の旅館を等価交換により9階建のマンションに建て替え、土地所有者には住まいと年金がわりになる賃貸住戸(4戸)を取得していただき、土地を共有する親族にはそれぞれの持ち分を現金化、その他のフロアをコーポラティブ住宅として分譲した事例です。

銀行と建設会社から、全額借り入れによる賃貸マンション建設の提案を受け、その提案の妥当性を当社に相談に来られたのが事業化のきっかけでした。他に収入が無い状態で、住まいも借入金の返済も、すべて事業収支の中でまかなう計画でしたが、将来のリスクをあまりに低く見積もる計画だったので、少し時間をいただき代案を提案させていただくことになりました。

間口10m、奥行き26mというウナギの寝床状なので、分割して新築分譲するには不向きの土地でした。検討した結果、商業地域の立地を活かして、等価交換とコーポラティブ住宅の分譲を組み合わせると、なんとかなりそうな気がしたので、阿倍野区内にある関西では有数の都市計画コンサルタント事務所に相談し、事業化を依頼することとなりました。

相談から3年を要して無事に竣工しましたが、計画段階からいろいろと問題が続出し、私にとっては非常に勉強になった現場でした。今では、元々の土地所有者と6戸のコーポラティブ住宅の住人、4戸の賃貸住戸の方、そして1階の分譲店舗の方たちがゆるやかで良質なコミュニティを形成しています。また、このマンションから、地域活動の担い手も生まれています。
(2007年竣工・阿倍野区昭和町5丁目)

まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その7) 佐野家住宅

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その7)

地域の建物を活用する際、その建物を借りてくれる人を先に見つけてから工事を行う。既存建物のリノベーションなどで、まちづくり系の仕事をさせていただくときの私の大原則です。そのきっかけとなった仕事が、阿倍野区阪南町3丁目で、登録文化財に指定された「佐野家住宅」プロジェクトでした。

昭和5年建築の建物で、外洋航路の船員さんが引退後に生活するための住宅として建築しました。二戸一の連棟構造で、写真の右側が家主さんの住まい。左側が引退後の収入を得るための貸家として建築された建物です。長らく空き家となっていましたが、ここで幼少の頃を過ごした家主さんが、登録文化財になったことをきっかけに、この建物を地域に役立てながら、維持をしていきたいと当社にご相談にこられました。

ちょうどその頃、地元の社会福祉法人が障がい者の生活訓練所を開設できる建物を探していたので、当社にてこの建物を提案をさせていただきました。建築士さんに依頼し、リノベーションプランを作成。社会福祉法人のニーズを実現するために、家主さんに投資をお願いし、逆に投資を回収するまでの期間は解約をできないという内容の定期借家契約を締結しました。それぞれのニーズを実現しながらも、リスクをある程度コントロールするためです。社会福祉法人には万が一、この訓練所を閉鎖しなければならなくなったときのために、転貸しを可能とするオプションも付けています。

このような貸し方の実績が無い私にとっては、少し荷が重い契約内容でしたが、地域に貢献したいという家主さんの思いと、数十年前から地域に根ざして、しっかりと福祉事業を行ってきた法人の信用力に後押しされ、実現したプロジェクトです。(2006年契約・阿倍野区阪南町3丁目

まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その6) オープンカフェ(閉店)

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その6)

寺西家阿倍野長屋の家主さんは、とうとうご自宅の庭まで開放してしまいました。庭の一部を改造(リノベーションと言っても良いと思います!)し、オープンテラスのような空間を作りました。ここをカフェにしたいとのご依頼。さいわい、すぐ近くの飲食店の方がここを運営してくださることになり、さっそく契約書作りに着手しましたが、これがなかなか難しい…。壁と屋根に囲われた空間を賃貸する契約書を作るのはいつものことなので簡単なのですが、オープンな空間の賃貸借契約は、手持ちの賃貸借契約書ではまったく対応できません。どこからどこまでが使って良い場所なのかをどのように記載するのか?結局、性善説に基づいて契約書を作成しました。みんな良い人です、きっと(笑)。とっても素敵なカフェでしたが、冬の寒さはどうすることもできず、数ヶ月で閉店しました。今は、家主さんの奥様が着物のリメイクをされるので、その販売スペースになっています。(2006年契約・阿倍野区阪南町1丁目)

まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その5) 十割蕎麦やまなか

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その5)

2004年に寺西家阿倍野長屋が店舗として再生されてからの2~3年間は、長屋の家主さんによる集中的な投資が行われました。主屋の外観を修景工事し、前面道路の一部を石畳に変更するなどです。そして、敷地内にあった蔵もリノベーションされました。庭に面してあった蔵の出入り口を窓に変更し、道路側に新たに出入り口を設置。貸店舗として利用できるようにしました。構造上、2階の天井が低く、階段も急なためテナント探しは難航。家主さんも私もテナント選びにはこだわりがあったので、募集開始から契約まで1年ほどかかってしまいました。最終的に決まったのは、美味しい日本酒と肴を出す十割蕎麦のお店です。大国町に本店のある酒屋「山中酒の店」の系列店として現在も繁盛しています。(2006年契約・阿倍野区阪南町1丁目)

まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その4) なな菜

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その4)

長屋の事例が続いていましたが、今回は寺西家阿倍野長屋の隣接地にある鉄筋コンクリート造地下1階付き地上2階建の建物です。この土地建物を購入した新しいオーナーが、隣の寺西家阿倍野長屋に調和するように外観を修景工事しました。元々は、コンクリート打ち放しで、庇も印象的な窓枠もないシンプルな建物でした。それを某都市計画コンサルタント事務所に依頼し、あたかも大正末期から昭和初期に建築された建物であるかのようなデザインに変更しています。現在は、お総菜屋さんと美味しいオムライスのお店がテナントとして入居しています。大通りから寺西家阿倍野長屋に通じる入口にあたる場所で、この建物を修景することにより、周辺の価値を向上させた事例と思います。当社は、テナントの誘致の仲介をさせていただきました。(2005年契約・阿倍野区阪南町1丁目)

まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その3) 日和(閉店)

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まちづくり系のお仕事@丸順不動産(その3)

まだ広く認知されていない昭和町の長屋で、ひとり頑張る金魚カフェを応援するために、ブログやmixiに多くの記事を投稿していました。ある日、それを見た若者たち4人が私に連絡をしてきました。「自分たちで自由に改装できる長屋の貸店舗はありませんか?」。大阪の中崎町や空堀で物件を探したが、家賃が高くて借りることができないと。

この人たちが私の知る限り、研究者以外で阿倍野区周辺に良質な長屋がたくさん残っていることに最初に気づいた人たちでした。阿倍野区桃ヶ池町というところに、昭和4年の建築で、20年以上空き家で廃屋同然の長屋がありました。家主さんは両隣が空き家になった時、取り壊してガレージにする予定でしたが、改修費用はすべて入居者が負担するという条件で貸していただけることになりました。

それから、彼らの戦いが始まりました。約4ヶ月にわたり、穴が開いて空が見える屋根をふさぎ、2mの高さに生い茂る中庭の笹と格闘し、天井をはがし、床を貼り、素人とは思えないクオリティで内装を仕上げました。私が初めて知った完全DIYによるセルフリノベーションの事例です。改装工事中から、彼ら彼女らは当時主流だったmixiに美しい写真をどんどん掲載し、このカフェと家具ショップの宣伝を行いました。それはとても大反響で、多くの方から、自分も阿倍野区にある長屋でお店をしたいという問い合わせがひっきり無しにありました。

その後いろいろとあって、この店は数ヶ月で閉店しました。しかし今日、阿倍野区周辺や昭和町エリアにて長屋を活用したお店が増えるきっかけになったのは、間違いなくこの若者たちのお店であったと思います。その後この長屋は、現在、桃ヶ池長屋と呼ばれる店舗群へと発展していくことになります。(2005年契約・阿倍野区桃ヶ池町2丁目)

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